23歳・開業〜

卒業後〜半年間、リラクゼーションの整体院で働いた。その整体院は経営状態がよくない。とにかく売上を上げないと潰れてしまうという状況で売上を上げるために何でもやっていた。さらに耳つぼダイエットを始めるというので、これは自分には合わないなと思い辞める。そして自分でやろうと開業することを決意。

開業しよと思っても貯金はゼロ。これまた両親にお願いしてお金を作ってもらい、ベッド、カルテ、タオルなど、備品や広告代に投資しました。

そして平成15年7月7日開業。

広告も開業前日に1万5000枚配り準備は完璧で、当日は予約の電話が鳴り止まずに忙しくなる予定だった。

しかし、当日になってみると電話が鳴らない。緊張しながら電話の前に待っていたのにその1日でなったのは1件だけ。

想像とは違う開業初日となった。それから、患者さんがほとんど来ない日が続き7月の最終的な売上は13万1000円。開業前のイメージでは最低でも30万円は越えるだろうと予測していたのにあまりの少なさに愕然。

次の月こそは期待したが結果15万円程度。支払いでほとんど消えていき完全に赤字。これでは生活もできないので、ついにアルバイトをすること。。。

アルバイトは整体院の営業時間外でやれるものと思って早朝の牛乳配達に決める。牛乳配達は深夜1時半から朝の5時くらいまで。週に3回やっていた。でも、集金があったのでこれは予約がない時間を利用していった。

牛乳配達をするために開業したわけじゃないと思いながら現実を受け入れるしかない。そんな日が続きました。

アルバイトを始めて2ヶ月くらい経ったときに、事件が起きた。母親が急遽入院することになった。原因は心筋梗塞。

少し胸が苦しいと行って近所のかかりつけの病院に行くと「すぐに大きな病院に行け、自分で運転するなよ」と言われ僕が母を乗せて市民病院に行く。するとそこでかなり危険な状態だと伝えられた。いつ死んでもおかしくない状態だと言われた(後からわかったことで99%心臓の血管が詰まっていたらしい)。

市民病院でも手に負えないというので名古屋の日本赤十字病院に転送。父と母、兄の4人で住んでいたが父と兄は仕事があるため、母の身の周りのことはすべて自分がした。さらに父と兄のご飯の支度、洗濯など家事もやっていた。もちろん、数少ない患者さんを施術しながら。

今までの暇な生活から一変、とても忙しくなった。母はその後手術。20時間くらいかかったが、手術は無事成功。生きることができた。

安心したのと同時に整体院が暇だったから、この役目ができたという不思議な巡り合わせを感じた。

粕谷雄三

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です