選択と集中

久しぶりに、サッカーコーチとしての地域の活動をしてきました。3週間ぶりですね。この2週間は、他の治療院でアキュスコープのレッスンをしたり、年間スケジュールに組み込んだ家族旅行のため練習を休みにしました。

そして、昨日の練習。写真は練習開始10分前に撮った写真ですがまだ誰も練習場所に来ていません。コーチが一番最初に来るとは、、、僕が選手の時は30分は早く来てボールを蹴っていました。サッカーが好きなら練習が待ちきれなくて早く来ることは当たり前だと思っていたのですが、ここの選手にとってはそうではないようです。

これを変えられなかったコーチの僕に問題があることは明確です。なので、この写真を撮りながらもう、サッカーコーチをやめようと決めました。ここ2週間サッカーを休んだことでその時間を生産性の高い時間にできることに気付きました。毎週2時間は練習時間を確保していたので、これを施術やコピーを書く時間、レッスンの時間、家族との時間、体を鍛える時間、人と会う時間に使うことを考えると、サッカーに時間を使うのは僕の価値観からすると無駄なことなので辞めるめなければならないと。

継続して10年以上もやってきたことですが、この活動を辞めることは次のステップに行く時期だと思うんですね。それは「誰と付き合うのか」そして「誰と付き合わないのか」を考えた結果です。僕のマスタープラン実現にはサッカーの環境は必要ないということ。なので、辞めるということはある意味で今までサッカーで付き合いのあった方たちの信頼をなくす行為になるわけですが、それも仕方がないかなと。

ですが、サッカーを選択しないという判断で得られる価値が大きいです。逆にここ数ヶ月これを失っていたんですね。それは自分のマスタープランを叶えるための時間を確保できるということです。時間は有限なのでとても貴重です。今回のように選手が僕の時間に価値を感じていないのならそれは僕にとっても価値がないんですね。

貴重な時間を自分の価値観のないものに使うことほど浪費していることはないです。ダラダラと浪費しているということは、安心領域から出られないということです。安心領域から出られないと成長は遅いと僕は考えるのでこの選択が必要なんですね。

何かをやらないということは、何かをやるという選択をしたことです。何かと得るためには何かを手放さないといけない。これを手放した結果何を得られるのか楽しみです。

ーかすや

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