進路・18歳〜23歳(自分史)

高校卒業後の進路は進学ではなく就職を希望。

でも、工場に勤務するという選択はなかった。

学歴の関係ない大工になりたいと思い自宅近くの工務店に面接に行く。

そこの工務店は喜んでくれたが、親に話す前だったため、親に面接に行ったことを話すと資格を取ってから就職した方がいいとのことで親の意見を素直に聞いて建築の専門学校に入学。

しかし、もともと細かい作業が苦手。図工や美術、技術の成績は1か2。

もちろん設計図などの細かい作業は向いてない。

人よりも何倍も時間がかかり課題をやるのに深夜までかかっていました。

それを見ていた母親は「やめたかったら次の学費を払う前にやめてね」と言ってくれ退学することに。

退学後は高校の同級生の親がやっている工務店に就職。型枠大工の仕事にする。

張り切って仕事をするも半年経っても仕事を何も教えてくれない。

材料を運ぶ仕事でも始めは仕方がないかと思ったが、何ヶ月も続くと「一生荷物運びが続くのか」と不安になっていった。

親方は同級生の父親だったので息子だけには仕事を教えた。自分と技術の差が開くばかり。

それに同じ現場で働く他の会社の若い大工を見ると、仕事を教えてもらって荷物運び以外の仕事もやっている。自分よりあとに入った大工ですら自分がやったことのない仕事をしている。

このままこの会社にいたら自分はダメになると半年で辞めた。

それからは、就職をせずに掛け持ちで朝から晩までアルバイト。やりたいことが何かあるはずと探していた。

サッカーをしていた時にスポーツトレーナーっていいなと思っていたのを思い出した。でも、スポーツトレーナーでは仕事がある気がしなかったので、病院で働ける国家資格が取れる理学療法士や柔道整復師、鍼灸師になろうと決意。

しかし、柔道整復師の専門学校は寄付金が一口100万円からと言われ、よく分からないお金は払いたくない、と納得できずにやめた。

あとは理学療法士だなと受験勉強をするも、頭に全く入ってこない。試験も受けたが問題も解けず、小論文もまったく書けず不合格。

このまま勉強を続けて来年も受験するか考えたが、も受かる気がせず他の進路を考え出す。

たまたま「ケイコとマナブ」という雑誌を見てたらカイロプラクティックの専門学校が載ってて、「スポーツトレーナーにもなれます」みたいなことが書いてありコレなら自分の方向性と合ってるかもと入学。

入学して半年間はまったく教科書の内容が分からない状態で授業を聞いていた。テストでは点数が半分も取れない。

しかし、実技時間では先生に褒められるほど的確にできた。

で、気付いたのが頭では理解できないけど、体で覚えるのは得意なんだな、ということ。感覚的に治すのは好きだけど知識を入れることは興味が持てなかった。

同じ学校の人たちは、マニアック解剖生理の話で盛り上がっていたが、その雰囲気が合わずに輪の中にも入らなかった。

専門学校は2年間通い、卒業テストでは実技のテストが同期の中でトップの満点。しかし、学科の方は下から2番目。学科は苦手だということを再確認できた。

先生からは「実践を積みながら勉強をしていった方が理解できるから、ただ勉強するのではなく実践を積みながら学んでいってください。」とありがたい言葉をもらった。

このまま実践といっても整体を仕事にしようとは思っていなかったので、アルバイトでもしながら生活して行くのかなという程度で考えていた。

しかし、母親から「お父さんの退職金で家を建てるから、よかった整体院のスペースを作ろうか」というオファーをもらい、こんなチャンスはなかったので、すぐに「お願いします」と整体院スペースを作ってもらい開業へ向かう。

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