愛犬の死

昨日、愛犬のケリーが死んだ。

ご飯を食べた後、様子がおかしいので見ると食べたものを吐こうとしている。しかし、喉につまっているのか吐けない。意識がなくなりそうな顔をしている。

これは「ヤバイ」と思い急いで背中を叩く。なんとか口から吐けた。呼吸をしている。

もう、これで大丈夫だと安心した。

だが、、、

少し進んで横たわる。荒々しかった呼吸が落ち着いてくる。

何か様子がおかしい。

問いかけるがぐったりして反応がない。危険なことに気づきすぐに抱きかかえた。体の力がダラーン抜けいる。あわてて病院に行こうと車に乗せる。

僕が普段と違う雰囲気に気づき子供たちが反応。

ケリーが危険だと感じ取ったのだろう。僕が玄関をでる時には長男が「死んじゃうの・・・」という声を出した後に大きな声で泣いているのが聞こえた・・・・

車を飛ばし近所の病院へ。

着いた後すぐに診てもらったが、手の施しようがなかった。

愛犬との別れ。

家に連れて帰り家族みんなで迎えた。そしてみんなで泣いた。

子供たちはケリーの死を受け入れることができず、気持ちをどうしていいのか分からない。ただ泣くことしかできない。何か言葉をかけたほうがいいと思ったが言葉が見当たらずそっと見守った。

 

ケリーのおかげで死というものを子供たちが知った。子供たちにとっては身近な存在がいなくなる初めての経験だったかもしれない。

出会いがあれば別れがある。

まだ人生を語れるような歳でもはないが、これが人生なんだと思う。

生まれた瞬間から僕たちは死に向かって生きる。いつかはみんな必ずこの世からいなくなる。100年後は今生きている人のほとんどがこの世にいないだろう。

生まれた瞬間から死ぬために生きている。

死ぬという制約がある中でいかに人生を生きるか。

たった一度の人生。あなたは今の人生が終わる時に後悔しないと言い切れるだろうか。

死を意識すると、自分の価値観が見えてくる。

残りの人生、どう生きるかは自分次第。

だから自分と向き合い「在り方」を見つけなければならない。

そして死という未来に向かって自分の在り方で生きて行く。

ちょうど今、自分の歴史を振り返りコア・バリューとマスタープランをバージョンアップさせている。

その中での愛犬ケリーの死。

ケリーが僕に何かを教えてくれてる気がする。

ーかすやゆうぞう

 

 

 

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