娘の入学式

今日は娘の入学式。

娘が生まれてから6年、時間が経つのは早いですね。

娘が生まれる3ヶ月前に会社を辞めたことを思い出すと、娘が小学校に入学するまで毎月生活費を渡すことができたのは誇れることですね。ほとんどの人は当たり前すぎてそんなことは考えないと思いますが、綱渡り状態で収入を得てきた僕には感慨深い。

陰陽五行論では5、6年前が天中殺ということで仕事を辞める時期というか、新しいことを始めるにはとても危険な時期だったみたいです。天中殺は上手くいく時は上手くいくけど悪くなるときは底なし、という時期みたいなので、何も知らないからこそ出来る行動があるのかもしれませんね(苦笑)

さて、入学式ですが2人目ということもあって少し気持ちに余裕がありました。

校長先生やPTA会長の言葉をぼんやり聞いているとある言葉に違和感が。

「学校と家庭が手を取り合って・・・」「学校に任せておくということではなく、学校と家庭が協力して・・・」という話がどうも引っかかる。私見たっぷりに言わせてもらうと、これは違うだろうと。

『「学校」と「家庭」が協力して、、、』という話をしているが、まず大事なのは家庭。家庭という土台がなければ、学校は何の役にも立たない。

学校教育はあくまでも補助。家庭で教えることができないことをサポートする役目。

個人的な考えでは今の日本の学校教育なんてどうでもいいかな。

例えば、子供が学校に馴染めずに学校に行きたいくないと言ったら、喜んで行かなくていいと言える自信があります。

多くの親は、子供をどうやって学校に通わせようかと思うのかもしれませんが、僕なら子供たちを連れて世界を転々としいようかなと。

なぜなら、生きてるうちにどれだけの体験をするのか、ということの方が重要だと思うから。

目的ありきなら、学校にいくこと自体どうでもいいのです。

勉強することが目的なら、今は学校に行かなくても勉強できます。それよりも学校生活を体験すること、集団生活を体験することの方が大事。

その狭い世界が合わないのなら、大きな舞台に連れて行くのが親の役目かなと。

学校に馴染めないということは、その世界はその子にとっては狭いというサイン。

その子が活躍できる舞台はもっと広いところにあるということですね。

ーかすやゆうぞう

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です