基準を知ること

誰にでも基準というものがある。

 

昔、サッカーコーチ一緒にしていた時に

年下のコーチとランチに行った。

 

試合が昼過ぎに終わり

お腹が空いたので一緒にご飯を食べようと誘い

ファミレスに寄った。

 

僕は当たり前のように

ランチメニューの中にあった

1000円くらいのランチを注文。

 

若いコーチはランチメニューではなく

通常メニューに載っていた知多牛ステーキを注文。

 

メニューには2000〜3000円くらいで載っていた。

 

でも、彼の中では量が少なかったみたいで

肉の量を2〜3倍くらいに増やせないかとお店に確認。

 

できることが分かりそのまま注文。

金額にすると約7000円。

 

ふらっと寄ったファミレスでランチに7000円か〜、と衝撃を受けた。

 

ランチメニューにないものを頼んだり

ふらっと寄ったファミレスのランチで7000円使う発想もない。

 

 

でも、彼の中では当たり前のことだったようで

僕が衝撃を受けたことに、逆に驚いていた。

 

 

 

彼の食に対しては金額は関係ない。

食べたいものを好きなだけ食べるという基準になっている。

 

 

基準というのは比較することで分かるもの。

彼に取って7000円分の肉を食べるのは基準の中にある。

 

だから、ふらっと寄って

7000円分の注文ができるし

それが特別だとも思わない。

 

つまり、彼の中で基準になっていることだから気づけない。

 

これは彼だけではなく

誰でも基準になっていることは気づけないもの。

 

 

僕も自己投資を続けていることを「すごい」と言われたけど

僕に取っては当たり前のことだから

それがすごいとは思わない。

 

逆に当たり前過ぎて

自己投資しない選択の方がない。

 

自己投資しないと

仕事にならないと思っているからね。

 

僕が自己投資して勉強しないということは

魚屋さんが仕入れをしなくて

腐った魚を売るようなもの。

古くなった知識や技術を売っていては

失礼になってしまうからね。

 

だから、当たり前だと思っていたけど

多くの人はその感覚がないらしい。

 

自分の基準は自分の色眼鏡で

世の中を見ているということ。

 

色眼鏡を外すためには

まずは自分の基準を知ることが大事だね。

 

そのためには、自分が当たり前だと思っていることを

書き出して、再確認する必要がある。

 

きっとここに自分にしかないものが隠れているはずだからね。

 

今日、明日は予定がないので

自分を深掘りして

基準を確認していこうかな。

 

ーかすやゆうぞう

 

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