違和感を感じる時は、、、

昨日はコメダ、スタバとハシゴ。

もともとコーヒーはあまり好きではないのですが、コーヒーを飲むとスイッチが入るので飲むようにしています。ですが、さすがにコメダで2杯のコーヒーを飲んだあと、スタバでコーヒーを頼みましたが一口でギブアップ。

そのコーヒーにはほとんど口をつけずにペットボトルに入った富士の水を注文してそれを飲んで仕事をしました。

飲めないのなら頼まなければいいのですが、甘いものを飲むと生産性が落ちる気がするので他に頼むものがない。それに水だけを注文するもの気が引けますからね。

まあ、コーヒーを注文することで仕事の生産性が上がるので結果オーライです。

さて、それではタイトルの「違和感を感じる時、、、」。

あることに違和感を感じて気になっていたので、その分野の詳しい人を探していたら意外にも一緒に仕事をしている方が14年もそれに関わっていた、ということでスカイプで話を聞きました。

専門的な目線で見ると、、、

「その考え自体は間違えてはない。でもそれは表面的なもののような気がします。実際にやっていることはその分野とは違いますね。なので、そこから先の部分は分からないです。」

というようなことを言われました。

「ということは、見せ方としてそれを使っているだけで内容とは違っているということですか?」

と聞くとその表現が適切だと言われました。

違和感の原因は本質が違うところにある、ということのようです。

今までのセミナーとか教材でも同じですが、何か違和感があって一貫性に欠けると継続しません。続けることでメリットはありますが一貫性がないものを続けようとは思わないんですね。

表現が難しいのですが、人を人として見てないというか、小手先で人を動かそうとしているというか、、、そういうことがあると体が受け付けなくなります。もうその時点でメリットはどうでもいのです。

まあ、知らない方がいいといこともあると思いますが、今までの経験から違和感の正体って自分の価値観と合わずに納得いかないものばかり。継続を続けれは価値観が近づいていくのかもしれませんが、それができないんですね。

そもそもリスクがあっても自分で方向を決めたいので枠を作られるとすぐに飛び出したくなります。安心領域にいると退屈で不安になる。どんなにリスクがあっても枠のない場所を選択します。

先頭に立つ人が「こっちだよ」と言うとその反対に行きたいくなる。誰かに決められた道を進むことは反射的に脳が嫌がる。だから、人の後ろは歩けないんですね

そういえば、中学生になる時も小学生の間4年間稽古をつけてくれた柔道教室の先生が僕の将来のビジョンを勝手に決められたことで柔道を辞めましたしね。もう、そういう性格なんですね。

誰かに責任を取ってもらおうとすると愚痴や不満ばかりが出る。そうなると自分のあり方として幸せになれない。主体性がなくなり「影響の輪」から「関心の輪」にシフトしてしまいますから。

もっとラクに生きればいいのに、その生き方だと自分が納得できないので、しょうがないですね。。。

ーかすやゆうぞう

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