ワガママなくらいがちょうどいい。

過去を振り返ると

自分はワガママな生き方をしてきたなと感じる。

 

もちろん、これは結婚してからも変わらない。

変わらないどころか子供が増えるたびに

行動がエスカレートしていく。

 

その理由は単純で

ワガママに生きるほど楽しくなるから。

 

ワガママに生きる感覚がたまらなく心地いいんだよね。

 

だから、みんなもそうすればいいのにと思う。

 

でも、多くの人はワガママに生きる選択をしない。

なぜなら、人に批判されたくないんだよね。

 

ワガママに生きたらダメなように

育てられてきたからね。

 

人の為にとか、思いやりを持ちなさい、とかね。

 

 

でも、そんな育てられかたをしたら

わざわざ意識しなくても

そういう気持ちってあるはず。

 

僕にとっては思いやりを持つなんてアタリマエなこと。

 

アタリマエだと思っている僕が

これ以上意識したら人に気を使いすぎて

疲れてしまう。

 

それに人がどうとか考えると行動できなくなる。

 

 

だからワガママなくらいがちょうどいい。

 

まずは自分から。

 

みんな優しくて気を使いすぎなんだよね。

 

 

やりたいならやればいい。

嫌ならやめればいい。

 

たったこれだけ。

とてもシンプルなんだよね。

 

人が何て言っても関係ない。

自分の人生なんだから

自分の好きなようにしよう。

 

人のためと思うなら

まずは自分のために、だね。

 

不思議と自分の為にやると

人に喜ばれるんだよね。

 

逆に人の為に、って言っている時ほど

人の役に立たないことが多い。

 

自分の背中を子供に見せられるか?

 

 

子供は自分の背中を見て育っていく。

 

子供の為とか、家族のためとか

自分を犠牲にしてやりたいことを我慢している人がいるけど

その我慢している背中を子供が見て育つ。

 

僕の価値観から言って

そんな背中は見せられないだよね。

だって、お前も我慢して生きろと教えているみたいだから。

 

ま、子供の捉え方次第だけどね。

 

僕は、ビビってる姿ではなく

チャレンジする背中を見せたい。

 

ま、これは人の価値観次第だけど

チャレンジングな人生をしたい僕にとっては

我慢することは後悔につながる。

 

僕はチャレンジした人生を送りたい。

 

あなたはがどう感じるかは分からないけど

自分に合った選択をしたいね。

 

ーかすや

 

 

 

 

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