やれば何でもできるもの

子供の日と言えば

うちの家庭では赤飯が出る。

 

子供の頃から毎年母が作ってくれた。

 

これは結婚して子供ができてからも

一緒に住む母が孫のために作ってくれた。

 

去年、母が他界したので

今年は赤飯はないかなと思っていたら

父が作ってくれた。

 

父のおかげで子供の日に赤飯を食べる習慣が続いた。

積極的に作ってくれる父には感謝だね。

 

でも、昔の父を思い出すと

今の父の姿を想像できない。

 

父はもともと料理を全くしない人だったからね。

 

母が元気だった頃は

 

母が熱でダウンしていても

父は椅子に座って料理が出てくるのを待っていた。

 

それが、定年退職したからか

母の体調が悪くなってから

少しずつ手伝うようになった。

 

今までやってこなかったら

手伝う父と動けない母が

お互いにストレスを溜めていた。

 

でも、回数を重ねることで

母の小言が少なくなっていった。

 

つまり、あれだけ嫌がってやらなかった家事が

徐々にできるようになっていった。

 

去年からは、料理教室まで通うほど

興味を持ち始めた。

 

父を見ていると、やれば何でもできるものだなと。

 

自分でやれないと思っていても

実はただやっていないだけ。

 

数をこなすことで

できるようになってくる。

 

これは僕も経験していて

施術もやり続けてきたから

痛みを改善させることができるようなった。

 

もちろん、まだ納得できるレベルにはいっていないけど

体をマッサージすることしかできなかった14年前と比べると

痛みの取れるレベルが変わった。

 

当時の自分が難しいだろうなと

思っていたレベルにはなっている。

 

本当に自分が痛みを改善する施術が

できるようになるのか、と疑がっていたからね。

 

でも、治すイメージを持ってやり続けたことで

アキュスコープだったり内臓テクニックに出会うことができた。

 

結局は諦めずにやり続けたことで

その出会いがあった。

 

今も自分が目指しているところを見ると

本当にたどり着けるのだろうかと思う。

 

でも、過去の経験から

時間をかければたどり着けるのだろうなと。

 

だから、もしイメージするものがあれば

それを持ち続けて、それに向かってやり続けることだ。

 

これができればいつかはそのイメージは実現する。

 

ぼんやりした目標があるだけで

目の前にある課題を明確にすることができる。

 

課題が明確になればあとコツコツと実行していくだけ。

 

自分の課題と向き合うにはシンドイ。

でも、そこから逃げるともっとシンドくなる。

 

どっちにいってもシンドイなら

向かっていく方が充実感がある。

 

 

向き合うのはキツイけど

マッチョになるならあえて負荷の大きい方にいかないとね。

 

ー粕谷雄三

 

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